読書とカフェの日々

読書感想文と日記

6月6日:時間と距離の遠近

多和田葉子『地球にちりばめられて』を読みはじめた。本当にことばが楽しい。ことばの尊さに心臓のど真ん中を撃ち抜かれてしまった。

留学中に故郷の島国が消滅してしまった女性Hirukoは、大陸で生き抜くため、独自の言語〈パンスカ〉をつくり出した。テレビに出演したHirukoを観て、言語学を研究する青年クヌートは放送局に電話をかける。意気投合したふたりは、世界のどこかにいるはずの、自分と同じ母語を話す者を探す旅に出る。(裏表紙のあらすじより引用)

読んでいくとHirukoの故郷の島国とは日本のことで、母語は日本語だとすぐにわかるんだけど、この日本は現実の日本と少し違うみたい。未来の設定なのかパラレルワールドなのか、Hirukoの故郷の北越にも雪が降るが、道路に開けられた穴から温泉水が出て降った雪はすぐに溶けて決して積もることはなく、性ホルモンが消滅して男女の区別がなくなっていたりする。ムーミンもかつて日本に亡命していたらしい。Hirukoはノルウェーに留学中に母国が消滅してしまい、スカンジナビアを流浪している。当面の間、デンマークで仕事にありついた。移民の子どもたちにメルヘンを通してヨーロッパを知ってもらうためのメルヘン・センターで働いている。
物語は章ごとに語り手が変わりながら進んでいく構成。まだ3分の1も読んでいないのだけど、ずっとHirukoのパートを読んでいたいくらいこの主人公が魅力的ですぐに好きになった。メルヘン・センターの仕事でオリジナルの童話や伝統的な童話の翻訳版を作るエピソードがすごくとても面白い。
Hirukoがセンターではじめに作った創作童話の紙芝居「たまごちごち」のユニークさ!親鳥がたまごの殻を固くするためにサプリメントを飲んだので、殻が硬くなりすぎて生まれてくることができない雷鳥の雛の話。親鳥はブルーバード(ニワトリのかかるうつ病)になって入院してしまい、「たまごちごち」は殻を破れない。雷鳥が生み出す電気で、殻の表面に電光掲示板のように文字を表示して外部との通信をはじめる。「たまごちごち」というネーミングのかわいらしさ。たまご+ゴチゴチなんだろうけど、全部ひらがなにすることで語感と視覚的イメージの妙がある。言葉の意味の取り方の縦横無尽な遊び心に痺れる。
日本の童話の翻訳バージョンももっともっと読んでいたかった。狸と狐の「ばけくらべ」を「メタモルポーセース・オリンピック」と訳出したり、饅頭をマジパンチョコレートに置き換えたり。「鶴の恩返し」の「恩返し」部分の訳に悩んで、「鶴のありがとう」にしたり、機織りではなくて、羽を抜いてダウンジャケットにするとかもう楽しくて楽しくて。言語の話なので、話の本筋と外れてはいない細部なんだけど、こういう遊びだけでもずんずん読める。
早く続きが読みたいな。どうして誰も教えてくれなかった?(友だちがいないからや)もっと早く出会えたなあ。だからせめて今日からはありえた私たちの関係を取り戻さないといけない。

もっと序盤で打ちのめされたHirukoのセリフで今日の締め。

昨日あったものが完全に消えたら、昨日だって遠い昔です。

出会いから14ページで運命が決まってしまった。すごい。遠近はここからの距離だけで決まるんじゃないんだ。すごく離れていても、すぐ側にあることもありえるし、すごく近くにいてもとてつもなく遠いこともありえる。基本的に、昨日あったことは失われている。そういう日々を過ごしている。いつもそんな意識を持って生きることはできないにしても。

続きも気になるけど、語りたい細部も豊かで。本当に誰かと共有したくなった。