読書とカフェの日々

読書感想文と日記

愛憎の魔物を喰らえ!(金原ひとみ「マザーズ」読書記録)

金原ひとみの「マザーズ」を読んだ。

文庫にして600ページ超の長編。かなり読んだと思ったのに20%も進んでいないと知った時、この小説は「すげー長い」と思った。40%くらいの時点では「なんかずっと同じこと書いてる」と思った。50%まで進むと引き返せなくなった。最後まで引き込まれてこの長さには意味があると思った。三人の母親たちの地獄に親しんでいくには必要な時間がある。

2歳の女の子の母のユカは夫と別居している。シッターや家事代行を利用しながら小説家としての仕事をこなしているが次第にバランスを失っていく。
ユカの高校の同級生の涼子は9ヶ月の男の子の母親で専業主婦だ。密室での育児に限界を感じ、認可外の保育園に預けることを決めたが、その保育園でユカと再会する。
3歳の女の子の母でモデルの五月は夫との不和に悩み、不倫相手の子を妊娠する。

母になること。自分の胎内で育て、自分が産んだ生き物が自分の思い通りにはならず、予測のできないものにハンドルを握られているということ。自分自身の都合や好みで決められる要素が限りなく減っていくということ。我が子との強い絆を感じずにはいられないのに、その絆は逃れられない監獄の鎖でもあるということ。母親としてではない自分をどう生きていいかわからなくなること。時代は母親以外のアイデンティティを失うべきではない、手放すべきではないと叫ぶけれど、母親以前の自分自身を思い出すこともできないこと。何かを望んだり手を伸ばすことすらできない自分のことをどう思っていいかわからないこと。理想の自分、理想の母親像との差分をジャッジしようとする自分の眼差しからは逃げられないジレンマ。

暴力的な本音にページをスクロールするごとに息が詰まって、胸いっぱいに煤に塗れた嫌悪が滲み、むかつきとともに興奮が高まっていく。愛することもののおぞましさ。愛憎という魔物との壮絶な生存闘争を喰らえっ!!