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読書記録:岸本佐知子編『変愛小説集 日本作家編』

岸本佐知子の編んだアンソロジー「変愛小説集 日本作家編」を読んだ。

本書は『群像』2014年2月号の特集の書籍化で、岸本佐知子の翻訳アンソロジー『変愛小説集』の日本語版を誌上で作るという企画だった。私は昨年からの岸本佐知子ファンで、翻訳アンソロジーの方を先に読んで、日本作家編があることを知って戸惑った。翻訳しないんかい。でも佐知子の目利きは確かで、エッセイなどで紹介されている作品を読んで毎度衝撃を受けているので完全な信頼がある。購入後、ややしばらく積んでいたけど、このたびやっと読めたので、感想などをまとめていく。

まず、収録作品について。『群像』の企画の書籍化だということを知らなかったので、てっきり「変愛小説」のテーマにハマる既刊の短編を集めたものとばかり思って読み始めたら全て書き下ろしでびっくりした。そして集まった変てこでグロテスクで極端な、素敵に純度の高い愛の物語を読んで「これ全部訳してぇぇぇぇぇ!」と太文字で叫ぶ佐知子愛しい。ショーン・タン『アライバル』(文字がない絵本)の帯にも「翻訳したくて、翻訳できなくて、地団駄をふみました」と書いてあったことを思い出した。やっぱり、翻訳できないのは悔しいんだね。

アンソロジーの中で私が特に気に入った作品を少し紹介します。

多和田葉子『韋駄天どこまでも』
実は初めて多和田さんの作品を読んだのだけど、とてつもなく好みの作品でした。ときめいた。ぐっときた。
漢字を解体しながら継いでいく地の文の遊びが洒落てる。登場人物の〈東田一子〉〈束田十子〉の二人がお互いの体(字体)を弄り合い、画数を交換しながらどちらがどちらかわからなくなっていく性愛のシーンはメタファーとしても成功しているし視覚的効果も素晴らしい。二人は大地震の中を、一心同体、風のように駆け抜け、二人が身を寄せると、月が空に二つ並ぶ。不用意に始まった二人の蜜月はやっぱり唐突に終わり、カマンベールのような月は一つだけ空に残される。一人になった〈東田一子〉はあの時の息づかいで走り続ける。

読むぜ、多和田葉子。早速『地球にちりばめられて』を購入。

本谷有希子『藁の夫』
主人公トモ子の夫は誰よりも明るくて優しくて藁でできている。まだ購入したばかりの夫のBMWに夫婦で乗ったとき、トモ子のシートベルトの外し方が乱暴なために車内に傷がついたと言って夫が怒り始める。〈ーがっくし〉とため息を吐きながらハンドルに頭を垂れる夫。藁でできていることを除いて、この夫の仕草がいちいち想像できてしまい嫌だ。なかなか機嫌が直らない夫。そのうちに夫の藁の奥で何かが蠢き始め、話し合いがヒートアップするに至って、不満の言葉と共に夫の顔のあらゆる隙間から小さな楽器が吹き出し始める。無数の楽器と表面の藁と、どっちが夫なんだろう。どうして藁なんかと結婚したんだろう。いっそ燃やしてしまおうか…瞬間そんな思いつきに魅了されながら、夫の中身を藁の中に戻し、またいつもの夫婦に戻ってゆく。

村田沙耶香『トリプル』
カップルに対してトリプルという恋愛(性愛)の形を神聖なものとして経験している女子高校生の真弓が主人公。トリプルのセックスは三人のうちの一人が「マウス」となり、身体中の穴で他の二人のありとあらゆるものを受け止める「口」となる。目や耳に唾液を流し込む。口に指や肘や踵を。肛門に指と唾液を。マウスが達すると、セックスは終わる。ある日真弓は友人のカップルのセックスを目撃してしまい、そのおぞましさにショックを受ける。常識をためらいなく破ることで「正しさ」や「清潔さ」を相対化している。村田沙耶香、さすが。

星野智幸『クエルボ』
主人公はあることからカラスにマークされはじめるが、むしろカラスが見守ってくれていると考え直し、勝手にカラス一般に好感を抱きはじめる。ベランダでカラスに餌をやろうとする夫を妻は当然止め、「そんなことするなら洗濯(ベランダに干し場がある)もあなたがしてよね」と言う。「そんなんだから友だちできないんだ」ととどめを刺す。主人公は定年退職後、社会との接点を持てず、妻に請われて一緒に通っているタンゴ教室でもうまく社交できない。意固地に固くなった心を持て余して趣味のカメラを持って出かけた公園で、光を受けた金属ハンガーが輝いていた。主人公は取り憑かれたようにハンガーを収集して自分サイズの巣を作りカラスのいた鉄塔に登ってゆく…
局所的に一番笑ったかもしれない。軽い台詞回しも好み。物語が表現する内容(夫婦の分かり合えなさ、何なら別の生き物くらいの距離感)は割と笑えないけど、まあそんなもんさね。

 

奇想に満ちていたり、リアルな残酷さや孤独があったり、ぞっとするほど美しかったりする唯一無二であるがゆえに普遍的なさまざまな愛の物語。どれもこれも独特な形をした愛をそっと手にとって、自分の内側の隙間にぴったりと収まる形を探してみるのも楽しいと思う。私にとっては、上記の4作品がとても気に入った。

まえがき部分にあたる「前口上」で紹介されていたに日本の「変愛」的な名作も全部読んでみたくなった。泉鏡花の『外科室』川端康成の『片腕』谷崎潤一郎『富美子の足』芥川龍之介『好色』(元ネタは今昔物語集)。

そして編者あとがきで、文庫化の際に再録できなかった作品があると知り、私調べによるとそれが木下古栗『天使たちの野合』という短編だと判明。ああ。読めないとなると読みたくなる。どうしても読みたい。だから買いました。『群像』2014年2月号を1円で(送料は240円)。届いたら読んで、特に気に入ったらまたこの記事に追記していこうと思います。